名城大学在学中は、ニュージーランドへの留学や海外での活動を通して視野を広げ、研究室では色彩情報が人の感情に与える効果などを研究。2019年4月に入社した株式会社エヌ・ティ・ティデータ東海では、1年目から金融機関向けシステムの開発・保守運用を担当している。
情報工学の学びだけではなく、海外での経験も重ねた大学時代
「情報系をやっておけば就職しやすそう」という気軽な気持ちで情報工学科を進学先に選んだため、正直な話をすると入学当初は講義もすべて「難しい…!」と思いました。今振り返ると、「勉強していて良かった」と思えることばかりなのですが、プログラムを書く宿題が出る講義などでは毎回苦労したものです。
一方で、もともと英語や国際関係に興味があったこともあり、1年間休学をしてワーキングホリデーでニュージーランドに行きました。語学力を身につけること以上に、海外での暮らしに興味があり、その経験を通じて自分の幅を広げたかったからです。
将来を考えると語学力は強みにはなるけど、一番の武器にはなりにくい。語学は、何か別の技術や学びと組み合わせることで力を発揮するものだと思います。大学で情報工学の知識や技術を身につければ、語学力や海外での経験を組み合わせて活かすことができる。そう思ってからは日ごろの講義も前向きに取り組めるようになりました。
研究室の担当教員だった川澄先生には、研究室での学びだけでなく、さまざまな体験をする機会をいただき、とてもお世話になりました。先生の紹介で小学生の海外キャンプの引率役を任されたときは、海外のパワフルな子どもたちをまとめるのにとても苦労しましたが、子どもとの接し方や語学力の向上など、自分で成長を感じた瞬間もあり、すごく良い経験ができたと感謝しています。
要件定義から設計、開発、保守までを行うシステムエンジニア
現在はエヌ・ティ・ティデータ東海でシステムエンジニアとして、金融機関向けシステムの開発・保守運用を担当しています。お客さまの要望に応じてシステムを一から作るのはもちろん、これまで何十年とかけて使われてきた基幹システムの保守運用、改善も行っています。3年目を迎える今、ようやくエンジニアとしてスタート位置に立てたと実感しているところです。プログラミングの基礎は大学で身につけていましたが、金融のことは何も知らなかったので、入社して1・2年は勉強の日々でした。
ただ、新人のうちから金融機関内の機器管理システムを自分で一から手掛けることができたのは大きな財産になったと思います。まだ入社して間もないにもかかわらず、要件定義や設計という上流工程から、開発、最後の工程となる保守の部分まで関わらせてもらえることはなかなかありません。小さなシステムではありましたが、就職活動中から幅広い領域の業務に携わりたいと考えていたので貴重な経験でした。お客さまからも感謝の言葉をいただけたこともうれしかったです。
最終的には設計などを専門にやっていきたいと思っているのですが、開発や保守の部分が理解できていなければ良いシステムは作れません。あまり幅広い業務に携わるとそれぞれが浅い知識になってしまうという危惧もありますが、それよりはまず全体の流れをしっかりと理解したいと思います。
基本的な計算のプログラムが塊になって、一つのシステムが完成する。一つ一つは単純な部品だけれど、それが組み合わさることでさまざまなことができる。完成したシステムを見ていると、それがこの仕事の面白さだなと感じます。
情報や人をつなげる仲介役として、できることを増やす
エヌ・ティ・ティデータ東海は通信からスタートした会社です。通信は情報をベースにさまざまなことを結びつけ、仲介する役割を持っています。事業がそういう性質だからなのか、会社の部署を見渡してみるとお客さまに合わせてやり方を変え、仲介役として人に合わせるのが上手な人が多い印象があります。私自身、昔からそういうタイプなので今の会社にすっと馴染めたのかもしれません。
今は金融機関向けのシステムを開発していますが、法人系や車の部品、国や県などの行政、病院などの医療機関、教育機関など、さまざまな業界のシステム開発に携わって自分ができることを少しずつ増やしていきたいと思います。
また、開発とは別に人事などの仕事にも興味があります。仕事をする中で何かと仲介役になることが多いため、人と人をつなげる仕事もやってみたいと考えています。
また、コロナ禍で、コミュニケーションを直接取る機会が減っている今、ますます人と人をつなげる重要性を感じています。社内レベルでも共通認識を持つのが難しいと思うことがあるので、とにかく話す、コミュニケーションを意識的に取りながらつながりをつくるように気をつけています。
名城大学は、学ぶ環境が充実していて、一人でじっくり集中できる場所もあれば、仲間と一緒に勉強できる環境もあります。そういう環境が揃っているのは本当にありがたいと卒業後に実感しました。受験生のみなさんは辛いときもあるかと思いますが、努力し続けた経験は自分に自身を与えてくれると思います。頑張ってください。
【取材日】2021年2月13日
名城大学在学中はバーチャルリアリティ(VR)研究室に所属。4年生のとき「第24回国際学生対抗バーチャルリアリティコンテスト (IVRC 2016)」の決勝大会に進出し、協賛企業賞を受賞。大学院で学びを深め、2019年に株式会社エイチームに入社。ゲームプログラマーとしてスマートフォン向けゲームの開発に携わる。
「触覚系VR」の存在を知り、学びを深めようと大学院へ
物心がつく前からずっとゲームが好きで、中学卒業の頃には「ゲームをつくる仕事がしたい!」と思っていました。プログラムを書くことができればゲームづくりに携われるだろうと、インターネットで調べながら自分でプログラムを組むようになり、進学先もプログラミングが学べる情報工学科を選びました。
1・2年生の頃は座学が中心だったので、実を言うと授業には興味が湧きづらかったのですが、それが変わったのは、4年生で柳田先生の研究室に配属になり、触覚系VRを体験してからです。VRというとゴーグルを付けて視覚で体験する、というイメージでしたが、触覚までもが仮想体験できることに面白さを感じました。そして、国際学生対抗バーチャルリアリティコンテスト(IVRC)というコンテストに参加するなど、実際にモノづくりをするうちに「VRについてもっと踏み込んで学びたい」と、大学院へ進むことを決めました。
大学院では、布の手触りを体感できるVRの研究や、手袋をしていても素手と同様の触覚を体感できるシステムの研究などに携わっていました。後者は他大学の研究室との共同研究だったので、コミュニケーションの大切さも学ぶことができたと思います。
ユーザー様の声に向き合い、より良いゲームに
現在は、エイチームのゲームプログラマーとして、スマートフォンゲームの運用と新規機能の開発に携わっています。今、私が担当しているのは長年のファンの方も多い既存のゲーム。ゲームプランナーから「こういう機能を追加したい」と上がってきた要望に対して、スマートフォンのスペックで実現できる機能かどうかをチェックし、実際にプログラミングを行うとともに、出来上がったものが問題なく動作するかの評価も行っています。
大学院での研究テーマであった「VR」と直接的につながっているわけではありませんが、さまざまなプログラミング言語に触れることで身につけた汎用的なスキルが役立っています。また、複数の研究を並行して進めた経験が、複数のタスクを同時に進めなければならない今の仕事で活かされています。
やりがいを感じるのは、自分が実装した機能がリリースされて、ユーザー様から良いコメントや反応をいただいたときです。新機能をリリースした直後はSNSをまめにチェックして、「この機能便利!」「追加機能良かった」という書き込みを見るとうれしいですね。
逆に、ユーザー様からのマイナスの評価も大切にしています。そういったお声は、不具合につながっていることが多いため、問題点を改善してユーザー様がゲームをより楽しめるようにすることも私の役割だと思います。私だけでなく、会社全体がユーザー様と真摯に向き合い、より良いサービスを提供するというスタンスで取り組んでいます。
開発チームをリードできるプログラマーをめざして
プログラマーは勉強し続けなければ成長しません。どうすればプログラミングのスピードや効率を上げられるかということは常に意識しています。また、一つのゲームにたくさんのゲームプログラマーが携わるので、自分だけではなくほかの人が見ても分かりやすいプログラムを書くように心がけています。
また、コロナ禍に直面し、コミュニケーションの大切さも改めて実感しました。会社で仕事をしていれば、疑問点があってもすぐにほかの社員に確認ができるのですが、在宅勤務になってからはプログラマー間で認識のずれが生じやすく、結局プログラムの書き直しが発生してしまったこともありました。それからは細かいことでもチャットやテレビ会議をつないで意識的にコミュニケーションを取りながら進めるようにしています。
今は既存ゲームの開発を担当する中で、長く愛されるゲーム運用のノウハウを学んでいます。業務以外でもスキルアップを図り、次のステップとしては新規ゲームの開発に携わりたいと考えています。ゲームをプレイする誰もが満足できる操作性に優れたゲームを開発したいですし、開発チームを引っ張る存在になりたいです。
【取材日】2021年1月22日
名城大学在籍時には、「プログラミングコンテストを通じたITエンジニア育成プロジェクト(以下ITエンジニア育成プロジェクト)」や学部横断型のオナーズプログラム「名城大学チャレンジ支援プログラム」をはじめ、学内外でさまざまなプロジェクトに積極的に参加。2021年4月、日本アイ・ビー・エム株式会社(以下日本IBM)に入社し、顧客企業の業務を効率化するためのシステムの導入やサービスの構築に携わる。
自分を成長させてくれた先生や友人との出会い
実は大学に入学するまで、パソコンは「情報」の授業でさわる程度でした。そんな私がなぜ情報工学科に進んだかというと、IT企業が舞台のテレビドラマを見て「プログラミングができたらかっこいいな」と憧れたから。それに加えて、当時は特になりたいものが見つからず、進路をあれこれ思案しているうちに「情報系の技術はあらゆる分野で求められているし、これからはプログラミングが大事になる」と考えたことも大きな理由です。
入学当初、パソコンのスキルはほとんどなかった私ですが、今、プログラミングが得意だと自負できるまでに成長できたのは、情報工学科が始めた学びのコミュニティ創出支援事業「ITエンジニア育成プロジェクト」に参加したことや、情報工学科の先生との出会いを通じて、学びへの取り組み方を変えられたからだと思います。
取り組み方を変えるまでの私は、将来に対する具体的な考えがないにもかかわらず、「良い成績を取りたい」と言ってみたり、勉強会にたくさん参加して「スティーブ・ジョブズになる」と言ってみたり、大きな目標を掲げる一方で、目的が伴っていませんでした。それが変わったのは、2年生のときに学科主催の「グローバルエンジニア研修」担当の川澄先生から投げかけられた「君はいったい何がしたいの?ちゃんと考えている?」という言葉。その言葉をきっかけに「自分は何がしたいのか」と目的をしっかり考えるようになり、参加したハッカソンなどでも次第に賞をいただくようになりました。
チャレンジ支援プログラムで出会った他学部の学生や、グローバルエンジニア研修で出会ったタイやミャンマーの学生から大きな刺激を受けたことも大きな成長につながったと思います。名城大学はチャレンジしたい学生への支援がとても手厚く、たくさんの挑戦する機会とサポートを与えてくれたので、とても感謝しています。
お客様の課題を解決するシステムを構築
日本IBMに入社を決めたのは、2年生の終わりに参加した勉強会の講師が日本IBMの社員の方で、面白そうなことをやっている会社だなと思ったからです。3年生の夏休みにはインターンシップに参加して多くの社員のみなさんから話を聞く中でますます興味を持ちました。
また、ハッカソンでモノづくりに取り組む際に日本IBMが開発したAIシステム「Watson」をよく活用していたため製品にも馴染みがありましたし、グローバルな仕事ができることや充実した研修システム、他社の技術を積極的に活用していることも魅力でした。
職種は「ITスペシャリスト」で、お客様の課題解決や業務の効率化に役立つシステムやサービスを構築する仕事です。要件定義からシステム設計・構築、運用・保守までお客様とコミュニケーションを取りながら、プロジェクトを進める、システムエンジニア兼コンサルタントのような役割を担います。まだ入社したばかりで実際の仕事には携わっていませんが、さまざまな仕事に関わっていきたいと思います。
仕事を通じて成長のきっかけを与えられる人間に
これからの目標は仕事を通じて出会った人はもちろん、その周囲の人々にも影響を与えられる技術者になること。大学時代、チャレンジ支援プログラムでは、日本IBMのサービスを学び合うコミュニティを立ち上げて活動していたのですが、この活動を通じて「DevRel(Developer Relations)」という開発者向けに自社の技術やサービスを広めるマーケティングの手法を知りました。ITスペシャリストとしてお客様に貢献することはもちろん、開発者側とつながりを持てる「DevRel」にも携わることで、誰かの学び・気づきにつながることができればと考えています。
私自身、人との出会いに恵まれ、成長のきっかけを与えられてきたので、これからは成長のきっかけを与えられる仕事ができる人間になりたいです。まずは日本IBMでさまざまなことを経験し、吸収して、自分自身が成長したいと思います。
情報工学は、さまざまな分野で利用されています。その情報工学を学ぶことは世界の基盤を学ぶことでもあります。まだまだ発展途上のため、深く学ぶことで世界を変えることもできる分野で、何よりとても面白い分野です。ぜひ名城大学で情報工学を学ぶ最初の一歩を踏み出してください。
【取材日】2021年1月22日