近年、高齢者による自動車事故のニュースが多くなりました。高齢者には自動車免許を返納するよう勧められていますが、地方在住であったり、足腰が不自由な場合、代替の交通機関がないと生活するのさえ困難になってしまいます。そんな中、電車やバス、タクシー、レンタカー、シェアサイクルなどの交通機関の路線検索、予約、決済などをシームレスに結び付ける「MaaS(Mobility as a Service:マース)」の取り組みが注目されています。特に、駅から家までの足として、バスサービスの維持や利便性の向上は必須ですが、スマートフォンが使いこなせない世代に、どのような情報提供ができるのでしょうか?鈴木秀和先生にお聞きしました。
IoTやICTの技術をフル活用したスマートバス停の設置
MaaSは日本でもここ数年、盛んに話題にあがるようになりました。今は、電車やバスの支払い・予約は事業者ごとに独立しており、アプリケーションも使い分けなければならない状況ですが、MaaSを導入すれば、複数の事業者の乗換検索、料金の支払いや予約も1つのサービスで可能になり、ユーザーにはとても便利なシステムになります。しかし、各社バラバラのフォーマットでダイヤや位置情報をつくっているのでなかなか統一できないという事情があり、特にバス事業者では情報の整備ができていない場合が多々あります。
そこで2016年頃から、世界標準のバス情報フォーマット「GTFS」を日本でも導入しようという取り組みがスタートしました。現在、全国でバス事業を運営する民間企業や自治体、大学の研究者らが協力して日本版GTFS(GTFS-JP)データ整備を進めており、私自身も愛知県内の自治体と連携してデータ整備に取り組んでいます。
以前に比べると、Google Mapsなどでバスの経路検索や乗換情報を調べやすくなってきたと思いますが、これもGTFS-JPデータを整備して、Googleのシステムに取り入れられたことでできるようになったものです。リアルタイムの情報も掲載されるようになり、バスが何分遅れているか、次の乗り継ぎの電車のタイミングなども提供できるようになっています。
バス事業者は自社で運行状況を把握するためのシステムとしてバスロケーションシステムを構築しています。主要なターミナルに設置されているバス停であれば、ディスプレイに次に来るバスや何分遅れといった情報が表示されていますが、多くのバス停は時刻表が掲示されているだけです。そこで私の研究室では、「くるりんばす」というコミュニティバスを運行する日進市と連携し、IoT(Internet of Things)やICTの技術をフル活用したスマートバス停の研究開発を進めています。
地方や郊外にあるバス停の場合、情報をリアルタイムで表示しようとしても電源工事が難しいという課題があります。そこで太陽光発電だけで稼働できる省エネ性能に優れた電子ペーパーを情報表示媒体に用いたバス停を開発しました。画面にはバスの運行情報はもちろん、行政からのお知らせや災害情報などを配信できるので、バス停としてだけではなく、まちなかの情報発信スポットとしての利用も期待できます。スマートフォンが広く普及したものの、高齢者はまだまだ使えない人も多い。特に災害時でもリアルタイムで情報を受け取ることができるよう、こうしたスマートバス停を広く活用できればと考えています。
研究を通して社会とのつながりを実感する
日進市でのバスに関する取り組みは理工学部社会基盤デザイン学科の松本幸正教授との意見交換から生まれたもので、始めて10年ほどになります。実際にシステムをつくっているのは学生たちで、自分たちの研究や活動が社会にダイレクトにつながっていることを実感しながら活動できているのではないでしょうか。
私の専門はコンピュータネットワークとユビキタスコンピューティングで、その技術や知識を活用して身近にある問題を解決することにずっと興味を持っています。スマートバス停をはじめとするバスロケーションシステムの開発もIoTの技術を応用できないかというところから生まれたものです。ICT技術を使えば解決できる問題は世の中にたくさんあり、そこに気づければ大きなイノベーションが起きる可能性があります。自分たちの技術がどこに応用できるのかを見つけるためにも世の中に対して常にアンテナを張っておくことや、他分野の人と協調してお互いの知識や技術を生かし、共創することがこれからの時代はとても大事になります。学生たちには情報工学の分野だけでなく、その他の分野や世界にも興味を持ってさまざまなことに取り組んでほしいと思います。
【取材日】2021年4月14日
遠くにあるものを届ける技術が、テレビや電話だとしたら、実際にはない仮想空間をあるように感じる技術が、ヴァーチャルリアリティ(VR)といってもいいかもしれません。一般的には、ゴーグル型のヘッドマウントディスプレイで、仮想空間とつながることはできますが、主には映像や音、視覚と聴覚によるものでした。しかし、近年では4Dシアターも増え、映像や音に加えて、動きや香り、風や水といった要素も演出に加わっています。スウェーデンのエリクソンは、2030年までに視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚に連動したサービスの実現が期待されるという調査レポートを発表しています。どこにもない世界を、リアルに感じるヴァーチャルリアリティの新たな技術を柳田康幸先生にお聞きしました。
匂いを制御し、その場にいる「空気」をつくる
1968年、アメリカのアイバン・サザランド氏が世界で初めてヘッドマウントディスプレイを開発しました。その発明以来、さまざまな研究機関がVRに取り組むようになり、今や視聴覚を提示するVRは産業分野へと移行しました。今後は、ハードウェアに加えてソフトウェアとコンテンツが重要になってきます。
さらに、重さや力を感じる力感覚と、皮膚の表面で「つるつる」「ざらざら」といった感触を感じ取る触覚という2つの感覚、「力触覚」の分野に関するVRの研究も早くから進められてきました。
しかし、それでもまだその場にいるかのような「空気」を感じることはできず、宇宙服を来ているような状態で体験しているだけです。そこで私は実際にこの場にいると感じるためには匂いが重要になってくると考え、嗅覚に訴えかけるVRの研究を進めています。
匂いが難しいのは、現時点ではうまく匂いを合成できないこと。視覚の場合は、人間には赤・青・黄の光に対応する3種類の錐体があり、感じる光の波長のバランスを調整することで任意の色を表現できます。
一方で匂いの場合、人間には匂いを検出する嗅覚受容体が約400種類もあると言われています。さらに一つの嗅覚受容体が複数の匂い物質に対して反応することが分かっています。このため、「どんな匂いでも発生できる」という装置をつくるのはまだ難しい段階です。ただ、匂い知覚の仕組みは急速に研究が進められているので近い将来、効率的な匂いのコーディングの方法が見つかり、汎用的な匂い発生が可能になるかもしれません。
私は「VR屋」なので、匂いの合成に関する研究ではなく、「どうやって匂いを時間的・空間的に制御するか」について研究を進めています。匂いの提示にはさまざまな方法があり、例えばヘッドマウントディスプレイに匂い発生器をつける方法があります。このアプローチは実は王道の方法です。ほかには、テーマパークの映像に合わせて匂いを出すアトラクションのように、発生装置と巨大な換気扇を設置し、一気に匂いを引っ込めるという方法も考えられます。
それらに対して私が考えたのは、最小限の匂いを効率的に鼻先へ届ける方法です。デバイスの装着を必要とせず、かつ大型設備を使わずに匂いを短時間そこだけに提示するためのさまざまな方法を検討し、その道具として「空気砲」の使用を思いつきました。空気砲は昔から理科の実験教室などで使われ、空気の塊がすごい勢いで飛ぶ光景を見たことがある人も多いと思います。これを活用して室内でその人にだけ匂いを提示すれば良いのではと研究を始めました。
時間と場所の制約を乗り越えて、違う世界の体験を提供する
匂いのVRの活用方法はさまざまだと考えています。例えば一つは、広告的な手段として使えるのではないでしょうか。例えば、うなぎ屋さんの香ばしい煙は広告活動の一種ですよね。うなぎを焼く香りで道行く人をお店に呼び込んでいます。それと同じことが一人ひとりにできるようになるのではないでしょうか。ショッピングモールの通路などで、センサが行き交う人々の属性を判断して匂いをさり気なく嗅がせるようにするといったことはそう遠くない未来に実現すると思います。
スマートフォンに香りの発生機をつける試みも行われています。すぐに普及するものではないですが、ノウハウが蓄積されて開発が進めば使われるようになるでしょう。
VRを五感へ拡張することは私の一つの大きな目標です。「視覚」「聴覚」「触覚」「嗅覚」「味覚」の相互作用も調べながら研究を進めていきたいと思います。私たち都市生活者は電子メディア経由の情報にさらされていて、体感することが少なくなっています。VRという電子メディアを通じるけれども、視聴覚に偏らず時間と場所の制約に縛られない体験を提供する技術を研究開発していきたいと考えています。
【取材日】2021年4月14日
膨大な商品リストがあるショッピングサイトや動画配信サービス、音楽配信サービス。利用すればするほど、まるで自分の好みを知っているかのように、商品やコンテンツをオススメしてきます。なぜそんなことが可能なのでしょうか?
こうした「リコメンドシステム」は、大量のデータを保有し、その人の選択したものの中から相関性を導き出して、その人に合った商品やコンテンツを推薦する技術を活用しています。それはいったいどのような技術なのでしょうか?
亀谷由隆先生に解説していただきました。
音楽レビュー文を元に好みの曲を推薦
今やレコメンドシステムは至るところに存在していて、音楽に限らず本や服、不動産物件や友人など、私たちはあらゆるところで「おすすめ」されています。その仕組みは比較的シンプルなもので、購買行動履歴や購入した商品の内容、年齢や性別などの情報を利用して、ユーザーが商品を購入しそうかどうかを予測するものですが、ここで使われるのが機械学習の手法です。
予測には例えば「アイテムベース協調フィルタリング」と「ユーザーベース協調フィルタリング」という2通りの方法が考えられます。アイテムベース協調フィルタリングは、現在閲覧している商品と似ている商品をデータベースから探してその商品を推薦するもので、世界を代表する大手インターネット通販企業はこちらを利用しているといわれています。
それに対してユーザーベース協調フィルタリングというのは、過去に同じような購買履歴を持つ人や同じような属性の人をデータベースから見つけ、その人たちが購入した商品を推薦するシステムです。どちらもシンプルなシステムではありますが、膨大な量の情報を処理する必要があります。
私の研究室では、こうした手法を使って音楽の推薦システムを構築しており、その判断材料として、音楽出版社が提供している楽曲コメントなどのCDデータベースを使用しています。今やYouTubeなどで気軽に音楽を楽しめる時代ですが、私が学生の頃はレコード屋のPOPコメントを一つ一つチェックしながら、「これはどんなアルバムだろう」と想像してレコードを買っていました。そうした経験から、推薦コメント、レビュー文を使って、おすすめの曲を推薦できるのではないかと考えたのです。
このシステムでは、ユーザーが好きな曲を入力すると約5万曲の情報が収容されているデータベースのレビューを参照し、同じワードで解説されている曲や似た印象の曲を探し出して推薦します。その際、歌詞に重きを置くか、音楽に重きを置くかをまず設定し、歌詞の内容やムードもしくは、メロディの印象やテンポが似ている曲を判断して、推薦するようになっています。今はいくつかの曲を推薦するだけですが、プレイリストを生成して、複数の曲を意味のあるストーリーとして推薦し、価値ある音楽体験を提供できればと考えています。
ビッグデータ分析を医療分野に応用
データ分析は、さまざまな場面で応用が考えられる領域です。例えば学生の中には、データ分析をキーワードに統計的手法を使ってスポーツのデータ分析をしている学生や、データの大きな集まりの中から互いに似たデータのグループを見つける「クラスタ分析」という手法を活用して商店街来訪者の行動を解析して商店街の活性化に役立てようと研究を進めている学生がいます。
私自身は現在、ビッグデータ分析を活用したパターン発見の手法を医療分野に応用しようという研究を進めています。近年、複数の医療機関や診療科で多岐にわたる処方がなされた結果、副作用を起こしてしまう多剤服用(ポリファーマシー)が問題視されるようになってきました。その副作用の症状が新たな病状と誤認され、さらに薬剤が処方される「処方カスケード」という事態も発生しています。薬の組み合わせによっては低血圧症になってふらつきや転倒を引き起こし、寝たきりに至ることもあるそうです。そこで国立長寿医療研究センターと共同で、薬剤の組み合わせと低血圧症を発症するパターンを導き出そうと、これまでの症例データの分析を進めています。薬剤師が処方見直しを行うことでポリファーマシーを防ぎ、医薬品の適正使用に寄与していきたいと考えています。
【取材日】2021年2月13日
2010年代以降、人工知能(AI)は著しい発展を遂げ、生活のあらゆるシーンを支える存在になってきています。今や家電やスマートフォンには予め搭載されており、近年では自動運転にも活用されています。しかし、AIは本当に安全なのでしょうか?2023年は、会話型のAI、チャットボットが飛躍的に進化し、人間の知能を脅かす存在になってきています。既存の職業が奪われるだけではなく、生命にまで危険にさらしかねないAIとこれからどのように付き合っていけばいいのか国際的な課題になってきました。今回は、「AIとセキュリティ」について、吉川雅弥先生にお聞きしました。
AIにまつわる4つのセキュリティの課題
AIとセキュリティを考える上で、今4つの問題点があるといわれています。1つは「AIをだます」こと。例えば、自動運転車は、搭載されたカメラが「一時停止」の標識を認識し、車が停止するようになっています。しかし、標識の一部をわずかに変更することで、私たち人間の目には「普通の」一時停止の標識に見えても、自動運転車のシステムでは認識できず、対向車などにぶつけることができるとわかってきました。
また、自動運転車は車間距離などを測るために「測距センサ」を使います。レーザー光を照射し、物体に当たって光が戻ってくる時間で距離を測るのですが、その光に対して偽造パルスで妨害すれば計測距離を改ざんできます。AIの判断に必要な外部データの改ざんが大きな課題になってきたのです。
2つ目は、AIをサイドチャネルアタックから守ること。消費電力や電磁波、処理時間などの物理情報を使って、中の情報や暗号を推定することを「サイドチャネルアタック」といいますが、AIがある判断を下すときの消費電力や電磁波をずっと観察していると中の情報がどのようなものか推定できます。AIの中の情報が盗まれると、不正にコピーをつくれるので、これを防ぐために、中の情報と物理情報の相関を断ち切ることが求められています。
3つ目は、AIの学習データを守ること。AIが導き出した判定結果から、そのAIがどういったデータで学習したのかを推定できるといわれています。医療現場で活用されるAIは人々の病歴などのトップシークレットとも言えるプライバシーの優先度が高いデータを扱っていますから、推定されると個人情報が漏えいすることになってしまいます。そのため、どういったデータでAIが学習したのか推定できないようにする必要があります。
4つ目は、学習データを汚染させないこと。本来であれば「A」と判定するはずのAIに対して「B」という判定をさせるため、攻撃者が意図的に学習データを改ざんしてAIの判断を狂わせるという攻撃手法があります。これを「ポイズニング」といい、実際にこうした攻撃が数多く報告されています。
悪意ある攻撃者からAIを守ること
今後はあらゆる分野でさまざまな種類のAIが活用されていきます。AI×〇〇×□□といったように、複合的な分野にまたがり、さまざまな技術を組み合わせて利用されていきます。私はハードウェアのセキュリティが専門なので、最近は「AI×セキュリティ」「AI×セキュリティ×ハードウェア」といったように、自分の専門にAIを組み合わせて、「悪意ある攻撃者からいかにAIを守るのか」を研究しています。まだスタートしたばかりの分野ですが、AIを現実社会で利用するにあたっては必須の内容だと思います。
これからAIにいろいろな仕事がシフトする中で、「信用足り得るAIか」ということがますます重要になります。自動運転に使われるAIや不審者を検知する顔認証システムなどは人命に関わるものですから、何か一つでも問題が発生すると社会不安を引き起こすことになります。また、アタックを受けていることを気づかせないように、おいしい情報だけ抜き取るハッカーもいるかもしれません。
攻撃者はルール無用で、さまざまな情報を駆使してあらゆる角度から最も脆弱なところを攻撃します。セキュリティの課題は世の中の人全員が良い人にならない限りなくならないでしょう。それでも安全性を確保するために、5年、10年先の事を考えることが我々大学のミッションだと思っています。
【取材日】2021年1月22日