挑め、情報⼯学の⼒先⽣が解説!社会の⾝近な問題

Q.3

VRで香りや手触りも体感できる?

 VR(バーチャルリアリティ)と聞くと、ゴーグル型のヘッドマウントディスプレイを思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。一般向けにも高性能かつ安価な製品が販売されるようになり、視覚・聴覚のVR技術は身近なものへと変わってきました。
 ただし、VRは視聴覚だけではありません。例えば、スウェーデンのエリクソンは、2030年までに視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚に連動したサービスの実現が期待されるという調査レポートを発表しています。
 都会の中で森林の香りを感じながら散歩する、家にいながら服の手触りを確認してショッピングができる、そんな時代がすぐそこまで来ているかもしれません。

この課題に答えるのは

柳田 康幸教授

時間と場所に縛られない体験を提供

匂いを制御し、その場にいる「空気」をつくる
 1968年、アメリカのアイバン・サザランド氏が世界で初めてヘッドマウントディスプレイを開発しました。その発明以来、さまざまな研究機関がVRに取り組むようになり、今や視聴覚を提示するVRは産業分野へと移行しました。今後は、ハードウェアに加えてソフトウェアとコンテンツが重要になってきます。
 さらに、重さや力を感じる力感覚と、皮膚の表面で「つるつる」「ざらざら」といった感触を感じ取る触覚という2つの感覚、「力触覚」の分野に関するVRの研究も早くから進められてきました。
 しかし、それでもまだその場にいるかのような「空気」を感じることはできず、宇宙服を来ているような状態で体験しているだけです。そこで私は実際にこの場にいると感じるためには匂いが重要になってくると考え、嗅覚に訴えかけるVRの研究を進めています。
 匂いが難しいのは、現時点ではうまく匂いを合成できないこと。視覚の場合は、人間には赤・青・黄の光に対応する3種類の錐体があり、感じる光の波長のバランスを調整することで任意の色を表現できます。
 一方で匂いの場合、人間には匂いを検出する嗅覚受容体が約400種類もあると言われています。さらに一つの嗅覚受容体が複数の匂い物質に対して反応することが分かっています。このため、「どんな匂いでも発生できる」という装置をつくるのはまだ難しい段階です。ただ、匂い知覚の仕組みは急速に研究が進められているので近い将来、効率的な匂いのコーディングの方法が見つかり、汎用的な匂い発生が可能になるかもしれません。
 私は「VR屋」なので、匂いの合成に関する研究ではなく、「どうやって匂いを時間的・空間的に制御するか」について研究を進めています。匂いの提示にはさまざまな方法があり、例えばヘッドマウントディスプレイに匂い発生器をつける方法があります。このアプローチは実は王道の方法です。ほかには、テーマパークの映像に合わせて匂いを出すアトラクションのように、発生装置と巨大な換気扇を設置し、一気に匂いを引っ込めるという方法も考えられます。
 それらに対して私が考えたのは、最小限の匂いを効率的に鼻先へ届ける方法です。デバイスの装着を必要とせず、かつ大型設備を使わずに匂いを短時間そこだけに提示するためのさまざまな方法を検討し、その道具として「空気砲」の使用を思いつきました。空気砲は昔から理科の実験教室などで使われ、空気の塊がすごい勢いで飛ぶ光景を見たことがある人も多いと思います。これを活用して室内でその人にだけ匂いを提示すれば良いのではと研究を始めました。
時間と場所の制約を乗り越えて、違う世界の体験を提供する

空気砲を活用した匂いを届けるシステム「CDA(クラスター・デジタル・エアキャノン)」

 匂いのVRの活用方法はさまざまだと考えています。例えば一つは、広告的な手段として使えるのではないでしょうか。例えば、うなぎ屋さんの香ばしい煙は広告活動の一種ですよね。うなぎを焼く香りで道行く人をお店に呼び込んでいます。それと同じことが一人ひとりにできるようになるのではないでしょうか。ショッピングモールの通路などで、センサが行き交う人々の属性を判断して匂いをさり気なく嗅がせるようにするといったことはそう遠くない未来に実現すると思います。
 スマートフォンに香りの発生機をつける試みも行われています。すぐに普及するものではないですが、ノウハウが蓄積されて開発が進めば使われるようになるでしょう。
 VRを五感へ拡張することは私の一つの大きな目標です。「視覚」「聴覚」「触覚」「嗅覚」「味覚」の相互作用も調べながら研究を進めていきたいと思います。私たち都市生活者は電子メディア経由の情報にさらされていて、体感することが少なくなっています。VRという電子メディアを通じるけれども、視聴覚に偏らず時間と場所の制約に縛られない体験を提供する技術を研究開発していきたいと考えています。